日記

原形

「これは、熊の置物の毛彫りみたいだな~。この光ってる感じは、やっぱり、熊の毛皮だよね~。」熊谷直樹氏が、言った。「あっ!そうだ。」私の頭の中でピンポン!と音が鳴った。

私の木彫の表面を両手で撫でながら、彼は、繰り返した。「僕の家にもあったよ。唐牛さんのとこにも、あったでしょう?熊が鮭を咥えている木彫りの置物。」

「そうだ。あった。」
自分の原形が、ここにある。強い共感と既視感が、重なった。
「そうか~。ふ~ん。」頷いていた。

「俺は、草原の牧草が、風にそよいで、輝いているように思う。」パノラマの横谷恵二氏は、そう言う。確かに、私の育った月寒は、札幌の酪農地域で、永遠と牧草地が続き、少年期、きらきらと雨露に煌めく若緑の草原を駆け回るのは、無上の幸福だった。

最近、強く思うことがある。
作品にどうしても、自分の個人的な体験が、現れてしまう。
どうも、そのことは、悪いことではないようだ。

吹雪の中、雪原を歩くのは、とても楽しい。それは、雪と風の織りなすかたちの饗宴が、刻々と営まれているからだ。自然が、生み出すかたちに、F1、新幹線やステルス戦闘機など最先端の形態が重なる。ゴジラや恐竜、巨大生物も蠢き出す。

屋根から下がる氷柱。
樹木や草木を覆う湿った雪。
長い冬の季節、私たちは、飽くこと無く、真っ白な造形を作り続ける。
雪の建築を作り、仲間と住み込み、丘の上でひとり雪まつりを催す。
気が付いてみると、今、自分の身に着いた感覚の深いところに、
風土の特異性が、染み込んでいる。

私のスケール感には、リミッターが無い。
ものの大きさや量に対するリミットが、無限大なのだ。
これは、北海道という土地が持つ大いなる特異性だ。

かつて、奈良-法隆寺の棟梁-西岡常一氏が言っておられた。「法隆寺を建てた先輩達と現代の建築家は、全く違う。それは、山川草木以外に何も無いところに、伽藍を構想し、実現したことだ。今は、何をつくるにも、限られた条件のなかでしか出来ない。」

また、彫刻家ミケランジェロのことを思う。イタリア-カッラーラで、石屋の親方が言っておられた。「ミケランジェロの彫刻は、素晴らしい。それは、誰もが知っている。彼が、彫刻を彫る前に、先ずこの山から、石を運び出す道作りから始めたことは、今は、誰も知らない。」

今、私たちは、出来上がったものを当たり前のように見ている。当たり前は、当たり前に出来たわけではないのだ。私は、北海道の原野に立つと、無性に可能性を覚える。前提無しの広野が、イマジネーションをそそるのだ。

自分ひとりから始めることにも恐れがない。それは、開拓の血が、私のなかにも息づいているからなのだろう。0から始める感覚と実行力。私たちは、大きなちからを、この地から与えられている。歴史と風土は、逃れようも無く、自分そのものなのだ。

何処までも、深く深く歴史と風土に身も心も投じることは、大きな宇宙に繋がることだと痛感する。その繋がりをはっきりと意識出来た時、時代も地域も突き抜けたいのちの存在として、自分を捉えられるだろう。

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