作品日記

誕生花図

我が子が生まれたとき、こんな文章を書いた。

「妻は大きく深い呼吸を繰り返し、定期に息を止め、いきんでいた。
大きく口を開け目を開いたかと思うと、次にはこれ以上ないというほどに閉じ、顔色がどす黒くなるほど力を込める。
そのたびに髪の毛の玉が股間で出入りを繰り返した。
いきむたびに心電図は波打ちをやめる。産道の狭さといきみの強さは子供の心臓を止めてしまう。
幾度のいきみの後、黒い毛玉に見えていたものが頭となり、続いてヌルリと白いからだが出て来た。
太いゴム管のようなへその緒が繋がっている。
子供の性器が大きく見えた。
女児だ。
娘はもうすでに口を開き、目を開けていた。
彼女は、大きく”声”を発した。きょろりきょろりと辺りを見回している。
手をさしのべると、二度、握り返してくれた。
強烈な喜びと戸惑いに、からだがぐらぐらと揺すぶられた。
全てが消え去るほどに特別な感情だった。
私達三人が、そこにいた。
(1994/3/31)

むわりと獣の臭いがした。
その日、朝早くから産気付き、病院に駆け込んだ。
すぐに陣痛は強くなり、流れるように分娩室に入った。
強く強くいきみは続き、いきみの強さに悲鳴が流れ出た。
同時にブルリと子供が出てきた。
子供は大声で泣き出した。
赤い。
獣の臭いは強まり続け、子供は力尽きることなく泣き叫んだ。
「あなたと同じ臭いがする。」妻が言った。
息子が生まれた。
(1998/7/16)

所帯を持って8年になる。様々なことがあった。
家族が増え、日々が変化するにつけ、確信することがある。
宇宙の壮大な物語と私達のささやかな毎日はしっかりと結び付いている。
いや、むしろ、”ささやかな毎日”の営みこそが巨大な世界をかたちづくっている。
私達の一刻一刻が、世界を彫刻し続けているのだ。
諦めることなく、投げ出すことなく、”生”を紡ぎ合う。
この大切さを、いつも思っている。
(2001/8/19) 」

最初は是非、新らたないのちの誕生と家族について描こうと思った。

どんなに言葉にしても、通じないことがあることに気付いたからだ。

とにかく表そう。
表すことで、きっと、誰かが気付いてくれるだろう。

出来ることは、それしかないのだ。

作品には、個人の想いが込められて、当然だと思う。
それがいかにちっぽけなものだとしてもだ。
廃れることのないもの。
如何にして、それ以上に大きな意味を含ませてつくれるだろうかと工夫するところに、つくる者としての幅というか、深みというか、豊かさがあるように思う。

そう、努力するしかない。

誕生花図

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