太鼓のロクさん

先ずお話をうかがう。

幾度もの失敗を重ねるなか、一番かたちにしたいと思われている方達に直接お話をうかがうことが最初にしなければならないことだとわかってきた。
僕自身が、どんなに些細なことに過ぎないと感じても、それが話題に上がることに重要性がある。
僕自身には、何も無い。
彫刻がほんの少し出来るだけだ。
そんなちっぽけな自分は、とにかく聞くしかないのだ。

ロクさん像制作の折には、先ず、お弟子さんの矢吹さんと打越さんのお二人にお話をうかがった。
そして、時間を置かずにロクさんの生まれ故郷、浜頓別町に行った。
ロクさんについても、太鼓についても、素人の自分は全く知らない世界なのだから、出来る限り先入感無しに高田緑郎さんという方の懐に入って、源泉から、ロクさんをくみ上げて来るようにした方が純度が高いからだ。

浜頓別町は、遠い。
行きは二日掛けて、網走側から海岸線を北上した。
高田緑郎さんは、浜頓別町で生まれて、海岸部から少し内陸に入って開拓に加わり、樺太(サハリン)に渡って、所帯を持って、蒸気機関車の機関士になってゆく。
このいわば、高田緑郎さんが太鼓を始めてゆく前の空気感を感じたかったのだ。

失礼だが、浜頓別町に、何かがあるわけではない。
さまざまな方達にインタビューをして歩くが、どなたも高田緑郎さんをご存知ない。
90代の方がお二人おられることを聞いて、お話をうかがう。
お一人は農家を、お一人は郵便局にお勤めだったそうだ。
お二人共に高田緑郎さんをご存知なかったが、何もない、極寒の地の開拓について聞かせて下さった。
実は、何も無いことが「太鼓のロクさん」を生み出す大きな要因だったのだ。
うろうろと歩き始めて、それがわかり始める。

ロクさんのされていた和太鼓は、御神楽に由来する。
本州では大抵そうで、天地に明鳴と響き渡らせることが神事なのだ。
天空と大地、大海原に、人間が太鼓を響き渡らせる、そのことで、祈りを捧げるというのが御神楽なのだ。
ところが、岩見沢の太鼓屋さん「河原太鼓工所」さんに行って、うかがうと「ロクさんは、コンポーザーでプレイヤーなんだよ。」と言われる。「これは、特徴的に珍しいのだ。」そうおっしゃる、というのは、御神楽の曲そのものは、昔から既にあって、これを神様や自然に対して奉納する。
北海道でも、神道の神社が初めに来て、この時、太鼓が入って来た。
次に浄土真宗系のお寺が入って来た。
つまり、オリジナルの和太鼓曲というのは、認識上無いに等しい。
もちろん、フリーというかたちでは演奏されてはいただろう。
だから演者はいても、作曲家はいないということになる。
御神楽には、作曲という行為自体が存在しない。
自然の中で、長い年月を経て、自然発生的に生まれたものだからだ。
「太鼓のロクさん」は、それをされた点で稀有だといえるそうだ。

さて、終戦後。
高田緑郎さんは、樺太で終戦を迎える。
縁あって、倶知安町に住み始める。
機関士だった高田緑郎さんは、戦後も機関士を続けようとするが叶わない。
アッシュという機関車の掃除夫だったら、仕事があるということだった。
ここで面白いのは、高田緑郎さんは、ここで迷わない、即、アッシュになることを決める。
今で言ったら、飛行機のパイロットの機長から機体の清掃だったら、空きがあるといった具合いのことだ。戦後、仕事に不自由だった時代とはいえ、僕は、ここが、「太鼓のロクさん」への入り口だったように思える。
落ち着いた生活が始まる。
「羊蹄太鼓」「ニセコ連山太鼓」「吹き出し太鼓」など、この地では、誰もが知っているオリジナルの名曲が生まれたのも、落ち着いた生活あってのことだったろう。

数十に及ぶ写真資料をお借りして、お顔の印象を集める。
からだのバランスを測り出す。

楽曲を聴き込む。

倶知安町にて、インタビューをする。

94歳までご存命だったその姿やお人柄は、約60年以上に渡って、たくさんの方達の心にも目にも焼き付いている。

どうやら、鈴木大拙氏言うところの「妙高人」といった印象になってゆく。

実は、金太郎飴のように、高田緑郎さんのどこかを部分的に切り出すわけにはいかないのだ。
奥様もお弟子さん達も、60年も40年も身近にされてこられたのだ。
ロクさんの変化を目の当たりにしてこられた。
ロクさんの印象にフォーカスして、濃厚に煮詰めて、その総体を引き出さない限り、「太鼓のロクさん」にはならないだろう。
この像は、高田緑郎さんを似顔絵的にかたちにするものではないのだ。

「あっ、ロクさん❣️」と言った小学生の女の子の声が決定打になった。

ロクさん像粘土原型
ロクさん像粘土原型

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