日記

2020/1/5〜1/7

眠ると制作している夢を見るようになってきた。
昼夜問わずに制作をしているような感じだ。
いい具合いになってきた。

昨年十一月、東北を旅した。
太平洋側を海岸線沿いに南下し、被災地の現状を見、磨崖仏を見た。群馬で、石仏の写真家で研究者である佐藤宗太郎さんにお会いして、そこから折り返し内陸部を北上、帰り道は、あらゆる偶然が縄文に触れる旅となった。

磨崖仏の古いものは、つくられたのが1300年から1200年前にさかのぼる。だから東北圏での文化の形成と関西圏の豪華絢爛な仏教文化の形成とは、滑舌として異なる。奈良・京都は、国際国家「日本」の都として造られたが、東北では、縄文文化をベースに、仏教の宗教的な概念と形象を得た。それまで、山そのものが信仰の対象だったが、明瞭なコンセプトとフォルムを得ることで、シンプルに自然への強烈な感謝と畏怖だったものが、アニミズムと仏教が縄をなうように岩盤に彫られた。圧倒的な力あふれるそれが磨崖仏だ。それは、金銅仏として伝わった仏像が、関西圏では大仏や大伽藍となり、東北圏では木造仏や石仏になってゆく過程にも通じている。自然そのものを信仰する精神が、一木造りの木造仏となり、石仏となったのだ。

元々は、ただ神聖な「場」があっただけだ。

人間の精神が形成される過程と形象化は、「自然崇拝」という人類共通のベースを持っている。僕らは、その上に生きているのだ。

石を彫ること、木を彫ること、土をかたちづくること。
根っこを掘り下げたところに、大切なものが見えてくる。

現場に出掛けたがゆえにわかることばかりだ。

福島県南相馬市大悲山観音堂石仏
福島県南相馬市大悲山観音堂石仏

福島県南相馬市大悲山薬師堂石仏
福島県南相馬市大悲山薬師堂石仏

福島県福島市岩谷観音
福島県福島市岩谷観音

福島県福島市岩谷観音
福島県福島市岩谷観音

岩手県平泉達谷毘沙門堂「たっこくのいわや」
岩手県平泉達谷毘沙門堂「たっこくのいわや」

岩手県平泉達谷毘沙門堂
岩手県平泉達谷毘沙門堂

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